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僕は、紙は使わないけど、


と、トラヴィスは笑った。


トラヴィスは、フィリップと並んで、もう一人の私たちのカヌーガイド。もう一人の、というか、彼の方がメインガイドだ。独特の高いキーの声音で、あれやこれやと詳しく説明してくれたあの日々は、今回のカヌーの想い出のなかでは切り離せない。


32年間の彼の人生も、また、独特なユーコン流生き方。


昔は政府の仕事をしていたこともあるんだけど、どうもおもしろくなくて。ある日、自分が、休日にカヌー・カヤックに乗るために、かせいだお金を全部投入していることに気づいたんだ。そうか、それなら、カヌーを仕事にすればいいのか、と理解し、NOLS(北米アウトドア・リーダーシップ・スクール)のインストラクターになった。で、9年ほど、夏はユーコンでカヌーを教え、冬はメキシコでカヤックを教え、しかもそのコースは1回1ヶ月やら3ヶ月やら、とんでもなく長い期間のコースなので、「年間キャンプ日数250日」な、旅人生の日々を送ってきた。でも、流浪の人生にもそろそろ飽きてきて、ここらで一カ所に住むのもいいか、と決めたこの夏、ホワイトホースの外れに、ガールフレンドと、小さなキャビンを借りて住み始めたところ。


この後?冬は犬ぞりが待ってるよ、と、定住しても、やることは、まあそんなに変わってない彼ではあるが。


この、筋金入りのアウトドアコーチは、カヌーの漕ぎ方だけでなく、初めてwildernessに入る今回のお客さんに、毎日毎日、細かな決まりを説明してくれた。クマの生息地でのイロハ、食器の洗い方、そして、そのひとつが・・・、そう、私が好んでとりあげる・・・、トイレ問題。


ユーコンカヌー中5日間は、運がよければピットハウスがあるが、ただの野原しかない場合もある。そこでウンコをしたくなったら・・・、


・深さ30センチの「キャットホール」を掘って、その中に埋めること。

・緊急の場合、穴堀りが間に合わない場合は、後からブツの隣に穴を掘って、落としてもいい。が、シャベルは共同装備なので、絶対にブツには触らないこと!

・トイレットペーパーは、穴には入れないこと。埋めても、動物は、匂いを察知し、1/3の確率でその穴を掘り出してしまう。だいたい、紙はそんなに簡単に分解されない。その日の焚き火にいれて燃やすこと。

・キャットホールは、水場からは離れた場所で。


・で、僕の場合は、よく、1ヶ月とか2ヶ月のキャンプをするから、そうなると、トイレットペーパーを持って歩くのは嫌だ。また、焚き火できない場合は、汚れた紙も次の地点まで持ち歩かないといけないのが面倒だ。・・・というわけで、紙は使わない。石、葉っぱ、木の枝、松ぼっくり(拭く方向間違えないこと!)を使えばいいんだよ。紙は要らないんだ。


と、最後の教えを実践したお客さんがいたかどうかは不明だが、まあ、わかりやすく、ユーモアたっぷりに、leave no traceのひとつひとつを教えてくれた、コーチ。


食事のあと、みんなが火を囲んでくつろいでいる間、奥にしつらえたキッチンで、ひとり、ペタンと地面に座り、静かに食器を洗ってくれている、まあるいシルエットの後ろ姿を見るのが、好きだった。


カヌーに乗っていると、いち早く白頭鷲を見つけて船を寄せたり、ビーバーがダムを作る理由を教えてくれたり、アスペンの葉っぱがシャラシャラ音を立てる理由を解説してくれたり、その豊かな知識を聞きかじる時間が好きだった。


ある夜、急遽始まった「船とキャンプでよく使うロープワーク講座」で、こんな結び方やあんな結び方を、何度も何度も根気強く教えてくれたあのロープに絡まった時間が好きだった。


焚き火を囲みながら話してくれた、ナショナルジオグラフィックのタスマニア取材記事のモデルとして同行した話。雑誌が、どんなにヤラセが入って笑っちゃう内容だったか、そんな焚き火の時間が好きだった。


ユーコン・カヌーの旅は、去年も今年も、このガイドさんたちの「人の魅力」抜きには、語ることはできない。彼らを通じて見る自然の姿は、とても豊かで美しい。


***



そんなトラヴィスと、くぅっと通じ合った一瞬↓。


ト「車は持ってないの?」

私「うーん、今は・・・。駐車場代が、月3万円するんだよねぇ。どうももったいなくて」

ト「ああ、それはありえないね。3万円あったら、新しい寝袋を買った方がいい!」

ふたりで、ニッコリ。


結局は、何にお金を使うかは、価値観の違いひとつなんだよな。寝袋に数万円なんて、え~!?と思う人は多いだろうし、逆に、寝袋には簡単にお金だすが、車代の数万円を、どうしても出せない私みたいな人間もいる。