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だいたい、ケンさん自身が、春の風のように優しく穏やかな空気を漂わせた人だから、


彼に見守られていると思うだけで、馴れないデコボコ道や根っこや石ころに躓いて何度転んでも、擦り傷や痣をつくっても、何故か全然痛くない。ヘラヘラと、笑いながら、自転車を起こして、またペダルを漕いでしまう。


「自転車は、僕にとって呼吸法なんだ。ヨガと一緒さ。それに気づいたとき、ライディングが楽しくなった」って言っていたけれど、今日、ここに来て、その意味がちょっとだけわかったよ。


自転車は、歩いて山に入るのとは、ちょっと違う。


もうちょっと流れる景色が早く、

もうちょっと遠くまで行くことができて、

そして、もうちょっとだけ、スリリング。


でも、舗装道を、自動車を、駐車場を離れたその奥にある、大自然に足を踏み入れるというその目的は、歩きも自転車も一緒だ。


駐車場から10分奥に入ってみたら、誰もいない、原生林の森が迎えてくれる。

ヒヤっとした空気の中に、地球のエネルギーが温かく満ち満ちている。