大学時代。


超放任主義の父親と
超保守的お嬢様母親の庇護のもと毎日を送っていた
超マイペース頑固で、でも親離れできてない私は、


3回目の海外旅行は、バイトで貯めたお金をはたいて、すごーい冒険をやりたいんだ、ってこと、どーーーーうしても、言い出せなかった。


「一ヶ月、アメリカを、男女一緒に、キャンプで、旅する。一人で。英語で」


なんて爆弾発言をしたら、父親はともかく、母親が聞いたら、泡吹いて卒倒するのが容易に想像できたから、慌てさせるのが、反対されるのが、心配させるのが、嫌だった。


「そんな危ないことして、アメリカって、あんた、銃で撃たれて死んじゃうわよ。
一人で旅したことないじゃない。それに、男の人も一緒にキャンプなんて、危険だわー!。危ない危ない。」

って内容を、延々聞かされるのは目に見えていた。


想定される大反対を覆すほど論理だって説得する力はなく、
でも、素直に諦められるかというと、
自分がやると決めたことには、他のどんな犠牲を払っても実行するという超頑固な性格が災いし、


消去法で残った最悪の選択は、言いたいのに言い出せない、でも、旅の準備は進める、という、袋小路の日々だった。


言えないまま、でも、コツコツと準備をしながら、日々は無情に過ぎていく。


「早く言わなきゃ」
「でも言ったら悲しませるし怒られそうだし・・・」


寝袋、懐中電灯、フィルム、旅行鞄、ひとつずつ、買ったり借りたりとしてそろえた旅道具は、机の下に、まるでカラスが光り物を集めるみたいに、集められていった。旅というより、どっちかというと、夜逃げの準備をするような感じだ。


が、同居している身、いきなり1ヶ月も留守にしたら、本当の家出娘だ。これ以上黙っていることはできない、にっちもさっちもいかなくなった出発前日、心臓飛び出そうになりながら、母親の元へ。朝日を浴びながら、縁側で洗濯物を干す母親の背中に向かって、ボソボソつぶやいた。


「海外旅行しようと思うんだ」
「え、どこに」
「アメリカ」
「いついくの?」
「明日」
「・・・!??」


その後の罵倒と怒られっぷりは、今思い出しても胃が痛くなるので、省略するが。


一緒に住む娘に、明日から1ヶ月旅してきますなんて言われたら、私だって怒り出すだろう。ちょっと危なそうな旅する、ってことよりも、その日まで、そんな大切なことを言ってくれなかったことに対して。


一緒になって怒り始めた父と母は、「とりつく島がない」って、こんな状態を言うんだな、ってくらいにカンカンに怒って、その夜も、今から1ヶ月いなくなるんだ、っていう出発の朝も、目も見てくれないし、もちろん、行ってきます、といっても無視されて、口も聞いてくれなかった。



が、一人で海外旅行が初めての20歳の私は、威勢良く「行ってくるよ!」と宣言したものの、鞄と同じくらい気持ちも不安でパンパンになっているものだから、


一番優しくされたい二人から口を聞いてもらえない、この状態はとても辛く、ああ、と、暗澹たる思いで、玄関を後にした。


実際よりも、背負った荷物は重く感じられて、楽しいはずの出発の日は、心配されるのが嫌で、結局はmaxに心配させてしまっている自分に嫌気が差し、最悪の気分での出発なのだった。


と、


駅に向かってトボトボと歩き始めた10秒後、エプロンのまま、サンダルで慌てて走ってきた母に、呼び止められた。


「涼!」


昨日から続いている怖い顔を崩せないまま、それでも、その奥から心配そうな表情で、体に気をつけて、せっかくなんだから楽しんできなさい、と、きっちり畳まれた1万円札を、これでおみやげでも買いなさいと渡された。


きれいに4つ折りされた一万円札は、まだ母の手のぬくもりが残っており、心強いお守りだった。空港でドルに両替する気にはとてもなれず、ずっとポケットに入れたまま、ロサンゼルスに着くまでの10時間、そのポケットを触っては、ポロポロ涙をこぼし続け・・・。


初・トレックアメリカ参加の思い出は、自業自得の涙の飛行機だったのだ。あはは。


あの1万円、結局どうしたんだっけな・・・。


それに、あれから10年以上たったのに、相変わらず心配ばかりさせている。


***


リリー・フランキーの「東京タワー」。


この間、図書館で予約したら、354人待ちだった。

354人って、354人 X 2週間貸出=7年待ちじゃん・・・

とため息ついていたら(買えばいいんだけど)、級長が快く貸してくれた 。ラッキー。早速読みました。


高校入学で、親元を離れることになった日の記述を読んでいたら、思い出した。

私は東京育ちなので、オカンじゃなくて、お母さん、だが、そのおかーさんと1万円の話。



弁当箱の下には、ボクの名前を書いた、白い封筒があった・・・
母より、と締めくくられたその便せんと一緒に、しわしわの1万円札が1枚でてきた。


「母親というのは無欲なものです
我が子がどんなに偉くなるよりも
どんなにお金持ちになるよりも
毎日元気でいてくれることを
心の底から願っています」

誰にとっても、母親の膝は、世界でいちばん温かい場所なんだ。きっと。(直接は恥ずかしくてとても言えないけど。今日の日記が彼女の目に入らないことを祈るばかりなんだけど。)