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谷角 靖 さんは、ホワイトホースの駐車場に住んでいる写真家だ。

正確にいうと、ホワイトホースを拠点にして、モーターホーム(キャンピングカー)に寝泊まりしているから、「一応、ホワイトホースが拠点だけど、車で行ける範囲のどこでも」に住んでいる写真家。アメリカ本土の国立公園からアラスカまで、いろんなところに出没しては、大自然の写真を撮っている。

私たちが、ホワイトホースに到着したその日、ラッキーなことに、彼は、長い撮影旅行と旅行の合間で、1日だけ、ホワイトホースに戻っているちょうどその日だった。北の果ての大地で、偶然にもすれ違えた私たちは、一緒にごはんを食べることができた。(うぅ、ラッキー!)


結論からいうと。

テーブルの上に所狭しと並んだ料理に手をつけるのを忘れるほどに、彼の話は、ぐいぐいと私を引っ張り込んでいった。

大学を出て数年働いていた会社を辞めて、ワーホリできたウイスラーで、始めて「ノーザンライツ」なるものを見て、それがオーロラだと分かったのはしばらく経ってからだったが、

そっか、自分がいるのはオーロラが見られる国なら、もっとよく見えるところにいこうと、ホワイトホースにやってきて、せっかくだから、家に飾れる一枚を撮ろうと、父親から借りたニコンのカメラで、毎晩毎晩、オーロラを撮った。

ついでに、ホワイトホースといえばカヌーなので、飛び込みでカヌーガイド会社に入ってカヌーを覚え、毎晩毎晩、パドルを握っては、ユーコンで漕ぎ続けた。

1年後、カヌーの大会で優勝し、カヌーガイドの仕事をしていると、お客さんで来ていた編集者に、オーロラの話をしたら、写真集の話がまとまり、

オーロラの写真真集を出したら 、写真展もやりたくなって、自分の持っているのがニコンだから、ニコンサロンに話を持っていったら、やっていいよということになった。

写真展を開くと、それを知った出版社やテレビや編集者や旅行会社がやってきて、撮影やライターやオーロラガイドの仕事が舞い込んできた。


てな感じで、・・・時差ぼけ中のかすかな記憶をたどって書いてみたが、多分、そう間違っていないと 思う・・・なんていうか、「なんでそんなに次から次に順調に話が広がっていくのさ」と、突っ込みたくなる、「わらしべ長者」な展開の半生。


でも、話しているたたずまいと目線から感じていたのだが、

この人は、

まわりの「常識」にとらわれずに、自分にとって何が大切か、いらないかを見極めて、不要なものを、きちっと惜しげもなく切り捨てている。必要なことだけを、丁寧に切り取って、必要なことだけに、時間とエネルギーを割ける「強さ」を持っている。

キャンピングカーを住処にできる、というのは、その象徴じゃないかな。

偶然やってきたように見えるチャンスは、彼が、しっかりと種蒔きをして、チャンスが来た瞬間に飛びつけるよう、瞬発力を日々磨いていた賜だ。

チャンスは、偶然、転がってるものじゃない。


それにしても、うますぎる展開に、私も、一緒に食卓を囲んでいたツアーメンバーも、口をぽっかり開けて、まぬけな顔して聞き続けるしかなかった2時間だった。初日から、ホワイトホースってば、ユーコン川ってば、恐るべしな土地だな、と、内心ビビりながら。

そんな私たちの心を見透かしたかのように、「僕がやっていることは、誰でも考えつくし、誰でもできることだと思う。でも、実際に行動に移さないだけなんだよ、きっと」とサラリと言っていた谷角さんだった。ちっ、イヤミなほど、かっちょいいなあ。


***

そうそう、先日、彼から届いたメールには、

ローガン(カナダの最高峰。6000mにちょっと届かないくらいの高さ)の勇姿を待ち続けて、もう10日が経ちました 」とあった。

10日もじっくり待てるその仕事の仕方、生き方を、羨ましく、思う。
どうも、東京にいると、「待つ」時間は、無駄だと判断しがち。待つのは3分が限界っ!!