maptalk



来週のレース に向けて、奥多摩通い続く。


奥多摩は、楽だなー。トレイルはきちんと整備されていて、道標も、至る所についている。目指す山の名前さえ知っていれば、地図いらないじゃん。


そう、今まで、私にとっての「山」というのは、すでに存在する、トレイルを歩くことだった。アラスカで、あれを経験するまでは。

***


コース2日目。


「では、今日は、5マイル先の、Yanert川と、モンタナ・クリークが合流している地点でキャンプしましょう。今日からは、生徒4人と、インストラクター1人の、5人1チームになります。3つのチームに分かれて、10分ずつ時間をおいて、各自で考えながら歩いてください。15人が一緒に歩かないのは、自然への負担が大きすぎるからと、チームとして大きすぎて、意見がまとまらなくなるからです。では、僕のグループが先にいきます。キャンプ場で待ってますね。」


と、インストラクターのロブは、にっこりと微笑んだ。昨日、道路から最初の2マイルは、「ハイキング道」が存在していたが、ここから先は、ただの川と崖と藪しかない。


最初のグループが出発して10分、次のグループが出発して10分、彼らが完全に姿を消すのを待って、私たち最後のグループも、出発だ。


出発だ、といっても、何しろ道がない。ええっと、どこに?私たちはどっちに進むの?と、訝しがる我々生徒たちに、インストラクター・クリスチャンは、おもむろに、USGS (United States geological Survey)の地図を取り出す。


「等高線って知ってる?この地図は、100FTごとに線が引いてある。この、線が込んでいるところが、崖ね。これがリッジ(尾根)で、こう、▽になっている部分が谷でしょ。この形がサドル。ここがピーク。このピークは、実際にはどの山か分かる?」


と、マップリーディングが実践で始まる。生徒は、地図と、目の前の地形を照らし合わせながら、彼女の説明に必死についていく。


「今日のX(エックス)にいくためには、川沿いに進むのが一番いいよね。右岸?左岸?どっちをいく? 徒渉(川を渡ること)はイヤだから、このまま右岸を行きたい? でも、ほら、このままいくと、すぐに崖でしょ。ちょっと、荷物をおいて、スカウト(下見)しに行くのもいいかもしれない」


基本的に、インストラクターは、答えを言わない。地図を見て、ヒントを出し、生徒たちに考えさせ、何故その選択をしたか、理由を聞く。それが、危険すぎない場合は、遠回りであっても、ちょっと面倒くさいルートであっても、生徒の意見を尊重して、そのまま進む。


が、一方の生徒側は、ほぼ初心者だ。多少の山歩き経験がある私だって、そこまで地図読みに長けているわけではない。(だって普通は、トレイルを歩いているんだから!)一緒のメンバーには、「出発3日前に靴を買いました。キャンプはじめてなの~」という、都会っ子お嬢様もいる。


そんな我々が、このアラスカの巨大な原野にほっぽり出され、地図を渡されたからといって、最短のルートを選べるわけはなく、こっちに進んでは引き返し、あっちに進んでは引き返し、と、案の定、道歩きは難航する。


時に現れる、「トレイルらしきもの」は、ムースやグリズリーがつけたゲームトレイルで、これらは、必ず、水場へと導かれる。とはいえ、原野初日の我々がそれを理解できるはずもなく、歩くのに100倍ラクチンなこのトレイルを選んでは、Xから遠ざかっていく。




bushwack


ああ、慣れない110L・30キロのバックパックが重い。


雨が降ってきて寒い。


今日のお昼ご飯は、とっくの昔に食べ尽くした。


背の高さもある藪をかき分け歩き続けるのに疲れてきた。


ケリーが、履き慣れない靴で足が痛いと唸っている。


が、歩いても歩いても、景色は全然変わらない。


アラスカの夏は夜がこないから暗くはならないけれど、私たち、そういえば、朝から、ちょっと歩きすぎじゃない?と、時計を見ると、すでに夜8時。10時間以上歩いている。


5人の他、周囲には、誰もいない。何もない。


Xは、辿り着かないといけない、そのXは、いったい、どこなんだろう?


冷たい雨粒が、心細さを呼び起こす。


「あと3つ、小川を渡ったところがゴールっていうけれど、もしその川が枯れていて、見逃したとしたら?私たちがここだと思っている今の場所は、絶対に合っている?」と、最年長48歳の、ケニーが静かにインストラクターに質問する。


「絶対とはいえなけえど、私が地図を読む限り、今いるのは、このあたり。あと1マイルもないから、1時間も歩けばつくはずよ。万が一遭難した場合?大丈夫。私たちは、ちゃんと、テントと、フライと、燃料を、この5人の誰かが持っていることを確認したでしょう?もし、明日の昼12時までに、Xに行かなかった場合は、他のグループが、私たちを探しに来るから。さあ、5分休んで、行きましょう」



翌日の昼12時・・・!?思わず顔を見合わせた。あと15時間もあるじゃん!全員が心の中で思ったはずだ。こんな、寒くて疲れてひもじくて心細い思いをするために、高いお金払ったんじゃない!。NOLS恐るべし。こんなの、ハードコアすぎじゃないか。


それでも、その場所にいつまでも座っているわけにはいかないので、マメのできて歩きにくそうなケリーの荷物を他の人で分担し、景気づけにディズニーメドレーを歌いながら、目指す(と信じている)方向へ、やけっぱちで歩きつづけた。




結局、インストラクターの意見は正しくて、きちんと1時間後に、待ち合わせXポイントへ到着。遠くにテントが見え、みんなの「ヤッホー」(の英語版)という声が聞こえたときは、心底ほっとして、涙がでてきた。


先に到着していた、テントメイトのエヴァンが、お茶をいれてくれる。すでに、美味しそうな、チーズトルティーヤを作って、食べずに待っていてくれた。温かいお茶と彼の気持ちに、疲れがゆるゆるとほどけていく。


夜10時、やっと1日の終わりだ。でも、これから毎日、道もない、こんなハードな山歩きが、ずっとずっと続くのかと思うと、2日目にして、早く家に帰って乾いた服で蚊に刺されずに寝たいよぅ、と、テントでひとり涙する、チキンな私なのだった・・・。



(地図読みの章、終わらなくなったので、つづく)