fairbanks2

あの丘の上に連れて行ってあげようか?


犬橇訓練中のできごと。犬のエサやりと掃除が終わり、ようやく人間たちの夕食・・・シュリンプ・パスタの簡単な食事が終わると、Jakeが提案してきた。窓から見える、小高い丘。


時間がないから、歩くのは無理だけど、スノーマシンならすぐ着くから。ちょっとズルだけど、まあ、いいよね。


いたずらそうな目つきで笑う彼の誘いに、断る理由はない。マイナス20度のドライブだ。十分すぎるほどに防寒着を着こみ、シートがすり切れているオンボロ・ヤマハ・スノーマシンに乗って30分、辿り着いたのは、いつも窓から見ているだけだった、小高い丘の上。周囲ぐるりと誰もいなくて、スプルースの細い木々の間から見える一面の原野は、夜8時、ゆっくりと沈みゆく夕陽で、全体が、茜色。一刻一刻、かわりゆく、瞬きする間もない茜色の世界。



その圧倒的な光景に、私はただただ、時間も忘れて見入った。どのくらい時間がたっただろうか、夕陽が地平線に半分落ちた頃(アラスカの夕陽はのんびり屋なので、なかなか落ちない!)、後ろを振り返ると、マシンにもたれかかりながら、タバコをゆったり吸うJake。


It is middle of nowhere! アラスカらしいだろう?新しい友達ができると、決まってここに連れてくるんだ。一人でもしょっちゅうくる。考えごとをしたいときとかね。ここで生まれ育った僕にとっては当たり前の景色だけど、当たり前じゃないんだね。君が気に入ってくれてよかったよ!



いいえ、Jake、こちらこそ、ありがとう。あの丘の上にいた10分・・・20分・・・の茜色の時間を、私はきっとずっと忘れないよ。



fairbanks


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今回、ツアー参加者のお客さんの一人が、参加理由をこう述べていた。

「今年は30歳になる記念の年なので、自分になにかをプレゼントしたかった。ダイヤモンドも考えたけれど、ダイヤモンドよりアラスカだ、って思ったんです」



別にアラスカじゃなくてもいいのかもしれないけど・・・ホント、「ダイヤモンド」は、こんなふとした瞬間に待ち受けているから、私はこの土地からなかなか離れられない、のだなー。


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それにしても、こんな景色を当然として育った生粋のフェアバンクスっ子Jakeは、だからとても心のきれいな青年なのだ。その後にもらうメールも、「今日は満月で、夕方、太陽に照らされた月は、yellow orange色に輝いていたよ」なんて書き出しで始まっていて、東京生活の私に、今もアラスカの匂いを運んできてくれるのだった。