天神平


昔々、その昔さ、私が幼稚園だった頃。背が小さくて、どうしても電車のつり革に手が届かない。早く、お兄さんやお姉さんのように、あの丸い穴につかまって立ちたいなーと、憧れては思い切り背伸びして(足が攣って)いた。


気づいてみれば、背も順調に伸びて、いつのまにか、背伸びなんてしなくても、つり革に普通に届くようになっていた。ずっとずっと憧れていたものが、でも、実際届いてみれば、たいしたことなかったんだ。


という、つり革物語を、今日はお話します。


冬の谷川岳。


2年前、初めて私が雪山に出会った日

日本のアドベンチャーレース界に君臨する人に、「散歩だよ」と連れて行かれたこの山は、私にとっては全然散歩じゃなかった。今だから言うが、風の強さにびっくりして、腰が抜けてしまったほど。雪山独特の強風は、確かにすごかったけれど、雪の斜面を登るという知識も、技術も、経験も、何も無しだったから、登れなかったのは、まあ、当たり前だ。


途中で敗退したこの日、でも、強風で体を飛ばされながらみた白銀の世界は、どうにもこうにも美しく、心奪われてしまった。この日を機に、アイゼンやピッケルなどの冬山道具を手に入れ、講習会に参加し、氷河登山や冬山キャンプも経験し、コツコツと、私は背を伸ばしてきた。早く吊革につかまりたい!



で、2年後の3月4日。


みごとに晴れ上がったこの日、ガイドなしで私は登頂した。この山に。


無風だったし、快晴だったし、春の陽気だったし、ロープウェイ使って天神平からだったし、と、まあ、知っている人にとってはたいしたことない、ホントに「散歩」みたいな笑っちゃうルートなんだけど、


でも、これを「散歩」だと思える自分が、ガイドのお世話にならずに登れるようになった自分が、ちょっと誇らしかった。「おぉ。成長したね私!!」と何だか嬉しく、山頂で、メープル紅茶を飲みながら、遠くまで連なる真っ白い山並みをみながら、決めた。



谷川岳

3月4日は谷川記念日。


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途中で会った山スキーのおじさんが、デナリに登った話をしてくれた。

・・・ガーン、次の吊革、現る。