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おっと。

ぼーっと梅雨空を見上げていたら、随分と時間が経ってしまった。



「山行った」というと、その山の具合がエスカレートしているのを知っている知人たちは、口をそろえて「怪我してない!?」「きをつけて」と心配してくれるが、大丈夫!エスカレートすればするほど、己を知って、謙虚になるものだ。今回のガイドのChrisが言うように、「惨事は一瞬にして起きる」ものだから。絶対に無謀なことは、もうしない。


***


何の続きだっけ・・・。


そうだそうだ、アタック開始の話だった。


ガイドの脅かし作戦から一晩が立ち、十分に休養を取った私たちは、夕方7時に、そそくさと寝袋に入る。氷河は、暖かくなると解けだして、スノーブリッジが危なくなってしまう(クレバスに落ちやすくなる)ので、寒い夜のうちに、移動しなくてはならない。だから、起床が、7月4日、午前0時半。真夜中。


「目覚ましはかけなくていいよ。時計を見ると緊張して眠れなくなるから、全部忘れて、ぐっすり休みなさい。僕たちが起こしてあげる」と、至れり尽くせりのガイドサービス。


夜中に起きて、ココアとオートミール(私は苦手なのでエナジーバー)を食べたらすぐ出発できるよう、荷物は前夜にすべて作っておく。必要なものだけを、すぐ出る場所に(防寒ダウンのポケットの中。とか。細かい)きっちりしまう。太陽が出たらすぐに必要なサングラスは、バックパックの前ポケット。とか。ヘッドライトの電池は、新しいモノに替えておく。とか。細かーーい準備。


気持ちも体も準備も万全に、いよいよやってきた、7月4日の朝(というか、夜中)。


が!


起きた瞬間は目にした月と星が、10分後に消え、しかもMt.Adamsの奥に光るのは、雷光・・・。がーん。夕方まで快晴だったのに~。


「あの場所の雷は、こっちに向かってくるなあ。ちょっと様子をみようか」と言われ、全員、鼻息荒いまま、岩の上に座り込み、10分くらい、音なく光り続ける雷光をじっと見る。横で誰かが、「そうだ、今日は独立記念日だなー。花火の代わりだなー。まだみんな寝てるなー」とつぶやいていた。


20分経過。


「山の雷は怖いし、今から雨になるから、無理するのは止めよう」というガイドの判断で、この日は中止に。「雷は、近づいてくると、身につけている金具がビリビリ震え出すんだ。寝るときは、必ずマットの上で寝るように」と言われたものの、興奮しているし、なかなか寝付けるものではない。シュラフのなかで、強くなる風と、フライに当たり出した雨音と、近くなる雷の音を、いつもいつまでも聞き続けた、長い夜。


アメリカに興味を持ってから、もう10年くらい楽しみにしていた、「7月4日の独立記念日に来米して、花火を見る」が、「標高2900mの山中で雷をみる」という形で実現するとは、何とも皮肉。



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ああ、この後、何が辛かったって、一晩目にギリギリまで高めた集中力を、もう1日持ち続けなくちゃいけないことだ。集中力って、そんなに続かないものなのにぃ。


「昨晩、みんな予行練習したから、大丈夫だよねー。準備して、しっかり寝ましょう。また起こすまで時計をみないでね」と、24時間後、同じことを言われ、もう一度ポケットにエナジーバーを入れ直し、そして、振り出しに戻る。みんな、妙に手慣れた様子で準備を終えたが、でも、アタックの予行練習なんてしたくない。


2回目、7月5日の、朝(というか、夜)は、月も星も応援してくれ、やっと出発。氷河歩きは、ロープで繋がるのが前提。私の前には、ガイドのChris。真ん中私。後ろは、緑パタゴニアアウターの、やっぱりChris。この3人が、今から16時間の(物理的にそうせざるを得ないのだが)結束したチームとなる。


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いやー、この後待っていたのは、人生のなかでも、相当頑張った1日だった。


1時半 2900m 

歩き始める


3時半 3100m 

一回目の休憩。真っ暗。余裕。コツは強い息を、プっと力強く「吐くこと」なんだね。一歩一歩、キックステップの度に。吐けば、勝手にたくさん吸ってくれるのだ。ははーん、掴んだぞ。いい感じだー。


5時半 3300m 

二回目の休憩。夜明け。まだ余裕。休憩中も、危険だということでロープは外してもらえなかったが、でも写真撮った。


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8時半 4000m 

この3時間ノンストップ700m標高差は、突出していた。ホワイトアウトで今どこにいるのかよく分からない、いきなりパックリ現れる氷河、疲れても、ロープで前後つながれているので休めない。足を緩めると、前にいるChrisから容赦なく罵声が飛んでくる。「深呼吸して!歩きつづけて!ロープ張りすぎだ!止まるなーーー!!」。気が遠くなりそうになりながらも、一歩一歩、足を進める。


9時半 頂上(たぶん。真っ白でよく見えない)。

時速40キロくらいの強風で、そりゃまあ、瞬く間に全てが凍っていくくらいの寒さなので、写真3枚撮ってすぐ降り始める。滞在時間5分弱か。


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11時半 3700m 

8時半の休憩から、またノンストップ3時間も歩いてるじゃん・・・。のどかわいた・・・。お腹空いた・・・。傾斜が急でツルツルしてるから、腿が痛い~。


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トップの写真はこの地点。やっと休憩だよ、とホッとするのも束の間、この先待っていたのは・・・。ガイドの視線の先にあるのは、断崖絶壁だ。ロープ2本つないでの、ということは、ロープ1本60mだから・・・、約100mのラペリング(垂直にロープ1本で降りていく)だった・・・。ヒョォー。


その後、ツルツルのアイスバーン、クランポンつけたままでロッククライミングと、これでもか!くらいな道を降り続け、最後の最後に、300mの標高差を、尻滑り・・・、ああっ!これは、スノーシューで何度もやってきたので得意~。15時間も行動してきて、やっと楽しいことが待っていた~。



16時半 2900m 

やっと、やっと!ハイキャンプに到着。なんと16時間に及ぶ、息もつかせぬアドベンチャーなクライミングデイだったー。


***


その日の夜は、スープで乾杯。ガイドの乾杯の音頭は、「登頂おめでとう」じゃなくて、「全員、無事に戻ってこられておめでとう」、だったのが印象的。そうだそうだ、プライオリティ高いのは、「安全に無事に」だね。


***


その日みた夢は、トラウマになったChrisの声。何時間も歩いてようやくやってきた休憩時間に、「はい!防寒服着て!帽子も被る!水飲んで!エネルギー補給して!日焼け止め塗って!さあ行こう!」と、全然休ませてくれない、彼の声が、夢の中で再び鳴り響く。

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2006年の、多分一番長い1日は、こうして終わった。書いているとなんだか楽しそうなんだけどな。ホントは、涙でるくらい相当辛かったのに、もう忘れつつある。


・・・次はどこに行こう。